13章 学習
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認知心理学('13)
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13-1. 学習の適応的機能
13-1-1. 遺伝的な適応
情報の入力を司る知覚→遺伝的要因が強く働いている
知覚にも経験が全く影響しないというわけではない
横縞だけしかない飼育箱で育てたネコは縦縞を知覚することができなくなってしまうという研究(Blakemore & Cooper, 1970)
知覚の正常な発達が妨げられることはあるが、知覚の仕方が大きく変わることはない
13-1-2. 学習による適応
遺伝による適応システム
効率性は高いが環境の変化に即応できない
高度な認知機能を可能にしているのは学習システムを基盤として後天的に獲得されたもの
13-2. 行動主義心理学の学習研究
13-2-1. 刺戟ー反応連合の学習
行動主義は刺戟ー反応連合という概念装置で人間の行動を理解
13-2-2. 学習と認知
行動主義では学習は理解しきれない
行動主義心理学者は刺戟と反応の間に介在している頭脳はブラックボックスとみなした
認知心理学は刺戟がどう認知されるかを考えることによって、学習をさらに正確に理解しようとする
13-2-3. 報酬と認知
報酬の働きも実際には行動主義が想定したような単純なものではなく、報酬をどう認知するかによっては、その効果が正反対になる場合もある
賞状をもらった子どもよりももらわなかった子どもの方が倍近く長い時間お絵かきをした(Lepper, Greene, & Nisbett, 1973)
報酬あり→報酬のため、報酬なし→自分が楽しかったから
報酬は行動を強化するという行動主義の基本仮定も現実には常に成り立つとは限らない
13-2-4. 認知心理学の学習研究
認知心理学の学習研究はもっとも多くのことを学ぶ子どもを対象とした発達心理学の研究と密接な関わり
教育は学習の主要な舞台→教育心理学とも関連が深い
学習は個人だけでなく環境や社会と相互作用の中で進行→人類学や社会学とも交流を深めている
13-3. 知識の役割
13-3-1. 既有知識の影響
人間の学習においては既有知識の役割が非常に大きい
既有知識:学習が始まる前からすでに持っている知識
全く同じ情報に接しても、既有知識によって何を学ぶかは大きく変わってくる
未知のメロディを学習するという大浦と波多野の実験(Oura & Hatano, 1988)
音楽経験がある方がメロディの再生成績がよかった
メロディの代わりに詩を再生→この課題では音楽経験の有無に関わらず大学生>小学生
メロディ学習の結果は記憶力の違いではなく、音楽に関する知識の違いによってもたらせたもの
13-3-2. 領域固有性
領域固有性:ある事柄についての知識量が学習効率を決める
先の大浦と波多野の実験(Oura & Hatano, 1988)では西洋音楽風のメロディだったが、日本民謡のメロディ学習課題も行うと、ピアノの音楽経験の違いに左右されなかった
ピアノ(西洋音楽)の知識は日本音楽の学習にはそれほど役立たなかった→領域固有性
ピアジェは認知心理学誕生以前に子供の認知発達の後半な研究;認知能力が段階を追って発達するという理論を構築
ピアジェの理論はいくつもの点で修正が必要
そのひとつが領域固有性
ピアジェは統一的な説明のために「一般的な認知能力」の発達を想定したが、その後の研究では具体的な材料が変わると発揮される能力も変わることを示す。→領域固有性
13-3-3. 既有知識による推論の促進
十分な知識さえもっていれば6歳前後の子供でもカテゴリーの階層構造を利用した推論ができる(Chi, Hutchinson, & Robin, 1989)
カテゴリーの階層構造を利用した推論は8~9歳ぐらいまでになるまではできないと言われていた
13-4. 熟達化
13-4-1. 学習と熟達
二足歩行は遺伝で誰でもできるようになるが、かなりの学習が必要
熟達化(expertise):学習によって普通の人にはできないような高度な技能を身につけること
13-4-2. チェス盤の記憶
オランダの心理学者でチェスのマスターでもあったドフロート(Adriaan de Groot)の研究(de Groot, 1965)
チェスの名人は実際の対局の中に出てくる盤面を5秒見ただけで同じ盤面を完全に再現することができた
初心者が正確に再現できたのは2,3程度
実際の対局の中に出てこないランダムな盤面を見せられた時は名人はそれを再現することができず、成績は初心者と殆ど変わらなかった
名人と初心者で記憶力の差はなかった
名人は対局中の盤面や意味のある駒配置をたくさん記憶している→5秒でも利用できる
ニューウェルとサイモン(Newell & Simon, 1972)はチェス名人が記憶している駒配置数は1万~10万のあいだではないかと推定
普通の人間が知っている言葉の数は5万くらい、獲得は15年はかかる
13-4-3. 2種類の熟達者
熟達化においても知識が大きな役割を果たしていることを示している
熟達化は知識の蓄積だけでは達成されない
二足歩行などは遺伝的なプログラムの役割が大きい
学習の割合が大きい技能を獲得するためにはあらゆる認知機能を総動員しなければ高度な水準に到達することはできない
波多野と稲垣(1983)は熟達者を区別した
手際のよい熟達者(routine expert):同じ技能を長期間に渡って反復練習し、際立ったスピードと正確さを身に着けた人のこと
適応的熟達者(adaptive expert):毎回少しずつ違う課題に取り組みながら、並外れた結果を残すような人のこと
13-4-4. 学習と自動化
手際のよい熟達者の場合、熟達化の主な要因
知識(特に手続き的な知識)の蓄積
手続きの自動化
注意資源を使わずに手続きを遂行できる状態になること
注意資源を必要としないので、同時に他の課題を行っても成績が落ちることはない
珠算1級以上の高校生は足し算中に質問に答えながらでも速さと正確さが落ちずに算盤ができた(Hatano, Miyake, & Binks, 1977)
13-4-5. メタ認知
適応的熟達者の場合、知識の蓄積や自動化だけでなくメタ認知が重要
メタ認知(metacognition):自分自身の認知活動をモニターしたりコントロールしたりする認知機能
完全に自動化した技能は途中の部分を意図的に変えることはできない
メタ認知による制御をするには、いったん自動化した手続き的知識を制御可能な表象へと変換することが必要(Karmiloff-Smith, 1992)
メタ認知による制御が効果的に働くためには、自分自身の技能を適切に評価できなければならない
13-5. 状況的認知
13-5-1. 認知と社会環境
情報処理パラダイムの捉え方
認知機能:頭の中に存在するもの
認知:頭の中で進行するプロセス
しかし、人間の認知活動が社会や文化と密接な関係を持っていることが次第に明らかになってきた
適応論パラダイム
コールとスクリブナー(Cole & Scribner, 1974)による非西欧文化圏における認知の研究
人類学者による認知研究(Lave, 1988)
日常生活の中でも認知機能の一部を外部に頼る
個人と社会環境とのあいだの相互作用がその個人の認知活動を担っている
13-5-2. 分散認知
分散認知(distributed cognition):認知活動は個人と社会環境が分かちもっているものだという考え
分散認知としての認知活動はそのときの環境に何があるかによって大きく左右される
状況的認知
学習については1980sから社会・文化の役割が大きくクローズアップされるようになってきた
学習が社会環境に大きく依存しているのは学校制度だけではない
13-5-3. 太平洋の航海者
オセアニアの人々の遠洋航海がなぜ可能かは完全に解明されていない
星・太陽を主な手がかりとして、海流・雲・海鳥などあらゆる情報を利用して推定しているものと考えられている
それだけでなく、複雑な幾何学的システムを構築してそれらの情報を統合しているということもわかっている(秋道, 2004)
目に見えない島々の位置を推定してそれらの島々を結ぶ四辺形をいくつも想定し、その四辺形のシステムの中にカヌーを位置づける
四辺形の頂点となる適当な島が存在しない場合は、頂点の位置に架空鵜の島や鯨などを想定する
初心者は熟練者と一緒に航海に出て知識を伝授される
複雑な幾何学的システムは陸上で道具を使った教育も行われる
13-5-4. 正統的周辺参加
学校の外で行われる学習の場合は未熟練者は熟練者と一緒に働きながら学習を勧めることが普通
正統的周辺参加(legitimate peripheral participation):正統的参加ではあるが、最初は失敗時の損害を減らすために周辺的な仕事しかできない
人類学者のレイヴとウェンガー(Lave & Wenger, 1991)
未熟練者も少しずつ重要な仕事を与えられるようになり、十全的参加(full participation)をするようになる
このように学習という認知活動は社会的な実践活動としても研究されるようになっている
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